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信じる

☆私は理想を捨てません。どんな事があっても私は、『人は本当は素晴らしい心を持っている』と信じているからです。



☆私達は皆、幸せになる事を目的に生きています。
私達の人生は一人一人違うけれど、されど皆同じなのです。




アンネ・フランク(アンネリース・マリー・フランク)1929年6月12日~1945年3月頃


ドイツのフランクフルトにユダヤ人一家の末娘として生まれる。

ナチス・ドイツによる迫害を受けオランダに移住。
ドイツ軍のオランダ占領にアムステルダムの隠れ家にて2年の間潜行生活、やがて強制収容所に送られる。アンネは姉マルゴーと共に、ベルゲン・ベルゼン強制収容所に送られ、1945年2月~3月の初め頃、チフスによって命を落としたと言われている。




初めて、この言葉を目にした時に、何かを訴えている力強さに、そして純粋さに心をうたれました。


15歳にして死没した、アンネ・フランク、そう、あの『アンネの日記』のアンネ・フランクの言葉でした。


ナチス・ドイツが政権を握り、ユダヤ人に対する迫害が始まり、ドイツ国内にいては教育を受ける事はおろか、生命さえ危ういと、アンネ一家はオランダへ逃亡(避難)します。しかしナチス・ドイツがオランダを占領、ユダヤ人を見つければ逮捕、強制収容所に送ると言う行為に出ました。


2年に渡りアンネは自分の家族を含め8人のユダヤ人と潜行生活をおくります。

四階建ての建物の3階の入り口のドアには本棚が置かれその中で、昼はカーテンを締め切り、トイレは朝と夕方以降に使用するなど厳しいルールの中で、希望を持って生きていたアンネ。
その頃綴った日記が『アンネの日記』として、終戦後に出版されました。


『後ろの家』と言うタイトルで、オランダで出版され、その後評判を呼び、ドイツ語版、フランス語版、英語版、日本では昭和23年、『光ほのかにアンネの日記』と言うタイトルで文藝春秋から出版されたそうです。

1944年8月4日、密告を受けたゲシュタポによって、アンネ達は逮捕連行され、強制収容所に送られる。

強制収容所では、男、女、子供と働けるもの、働けないものに分けられ、働けないものは毒ガス室に送られたらしい。

多感な時期にも関わらず、髪を切られ、坊主頭にされ、衣服を与えられず、裸で生きていたと言う。

翌年、アンネは姉のマルゴーとも、食事も与えられず、不衛生極まりない収容所内でチフスに感染し、死没したと言われている。




ユダヤ人と言うだけで、迫害され、生きる権利を奪われ、怯えて暮らしたアンネの言葉。


☆私は理想を捨てません。どんな事があっても私は、『人は本当は素晴らしい心を持っている』と信じているからです。



☆私達は皆、幸せになる事を目的に生きています。
私達の人生は一人一人違うけれど、されど皆同じなのです。



人は本当は素晴らしい心を持っていると信じていたアンネ。



その人生を鑑みた時に、恥ずかしくない人生をしっかり生きなければいけないと思わずにいられない。




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